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2011.06.22 03:52

あなたのよいところ(長所)は?と聞かれて、言えないお子さんが多くなっている。
「自己有用感」とか「自己肯定感」とかが希薄になっているのではないか、と言われる。

あなたの短所は? 
趣味は?今、はまっていることは? 好きなことは?苦手なことは? 最近感動したことは……?

自分のプロフィールを書く、となるとこのような項目がよくありますね。
簡単に書ける、と思いますか? なかなか 書けない、と思いますか?

私は・・・書けません
自分で、自分が、どういう人間なのか、よく分かりません(爆)

私は、例えば「何食べたい?」と聞かれると、たいてい、返答に困ります
ほんと、何でもいいし、洋食、和食、中華、居酒屋メニュー・・・なんでもこい!です(笑)
キュウリ、スイカ以外はOKですし(笑)
で、結局、相手に合わせてしまいます。「何でもいいよ」、とか、逆に、「何食べたい?」と聞いたり・・・。
もし相手が、「今日はこれ食べたいな」、と思うものがあればそれを食べて、「おいしい」って顔が見れたら、それが幸せだからです。
相手が食べたいものを食べてくれたら自分は幸せだからです。
それに、もし私が「イタリアン」と言ったとして、相手が「いまいちだなあ」と思ったら、私は絶対イタリアンじゃなくちゃいやだって訳でもないのに、相手にイマイチなものを食べてもらうのも、なんかやだ、と思ったりもします。

でも、相手にとったら、もしかしたら、私の食べたいものを何でも食べさせてあげたい、と、ありがたい思いを持ってくださっているかもしれないのに、これって失礼なふるまいかもしれないです。
それに、自分にとってただ、ラクなところを選んでいる、とも言えます。
もしか、「今日はあなたの食べたいものをご馳走してあげる。」
なんて思ってくださっているとしたら、「なんでもいい」なんて言われたら面白くないですよね;;

こういう私
よくいえば、「協調性がある」でも、悪く言えば、「優柔不断」だと思います。

結局、長所は、短所にもなり得る。そして逆も、あり得る。
んですもん。だから、私は、

自分で自分のことがよくわかりません

そこをどう考えるかで、ポジティブな人間か、ネガティブな人間か、なんてわかれるのかもしれませんが。

お子さんも、きっとそういうことがあるんではないですかね・・・?
だから、プロフィールが書けないからと言って、そういうお子さん全員が、自分のことを否定的にとらえているばかりでもなく…。と、思います。
自分は、こういうとこあるかなとは思うけど、これって、「よいところ?」「悪いところなの?」って。迷っているのかも、知れません。
そりゃ、さらっと書けることがいいのでしょうけど、そうでなくても、いろんな思いをもっているのかもしれないですね。

でも、ちょっとは、ポジティブに自分をとらえることも、大切。
そのためには、

「あなたの、そういうところが、私は好きだよ。」
「あなたのそこが、いいところだよ。」

なんて言葉を、あえてかけてあげることも大切ではないのかな。

そういう言葉が、ちょっとずつちょっとずつ、心の中に降り積もって自信となり、モチベーションとなり、その子を支えることにつながるのかも…ですね。

もしかしたら、そういう言葉を言っても照れて反応しなかったり、逆に一見怒っているように見えたりするかもですけど、きっと心の中には、あったかいものが積もっていきます。
だって、私はそうだなって、思うから・・・。

「きみの、そういうところが いいんだよ
「これって、いいよね
とかって、言ってもらったりしたら嬉しいし、相手を好きになります。(単純すぎ?)


自分を知る、なんて、ほんとは一生できないのかも、しれない。
でも、何かひとつ、「これ」って思えるものがあれば、心が強くなるかも、ですね。



ひっさしぶりに、トウシューズをはいてみた・・・
ケガしてから、ダンスからは遠ざかっていたし、わざと避けていた部分も、無きにしもあらず、だったけど・・・
結構、動けるものだった…。トウで立つのが、楽しかったりして。

でも、実際レッスンをしていて、褒められたことはほとんど無い。
逆に怒られることばっかりだった。
でも、「好き」だから、続けてた。誰に見てもらってなくても、自分が躍るのが楽しかったから。
今、思うと、あの頃ダンスを続ける私を支えていたのは、ダンスが「好き」というその思いだったのかな・・・。

そういうものに出会えたことは、幸せだったのですよね。私は。

なんか眠れず・・・
眠れぬ 夜中に、ちょっと思ったことを書いてみました。

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2011.01.27 00:49

つなみは、いろいろな趣味があります
結局どれも中途半端なんですが、そこそこ器用にこなせる?という「器用貧乏」的なところがあります;;(それじゃだめじゃんって思う)

そんな中の一つの趣味がダンス。バレエ、ジャズダンス、タップダンス…いろいろ習ってます。舞台にも立っています。でも今は、SENSの試験勉強や怪我が重なって、半年ほどいけてません

舞台が決まると、台本があがり曲が決まり、それに振りをつけていきます。1曲に何週間かけて振りをつけていって、覚えたらとにかく踊りこんで体に入れていきます。
 振りを覚える時って、二つのタイプの人がいるように思います。一つは、「カウント」で覚えていくタイプです。振り付けをしていると、細かいカウント割りを先生に何度も質問していきます。個人練習とかしていても、「ここ、どうやった?ワン、ツーエンダ、スリー?」「ワンエンダ、ツー、スリー?」というような感じで、カウントを唱えながら動きを確認していきます。
おそらく、頭の中で振りとカウントを結びつけ、論理的に解釈をしているのではないかと感じます。

もう一つは「音」で踊っていくタイプです。細かいカウントにこだわらず、音楽で振りのポイントをとって、節に合わせて踊りこんでいきます。音で感じる感覚をイメージし、表現していく感じです。どっちかっていうと、つなみはこっちタイプな気がするので、振り付けとかすると、カウントはどうですか??とかって質問されて困ることがあります。でも、そうやって細かく決めることが、「そろえる」ためには大切なんですけどねー。

振りを覚えることで見える、入力の違い。右脳タイプと左脳タイプとでもいうような、感覚の違いを感じます。

また、舞台はそれぞれの役割があり、主と脇があります。
立ち位置、フォーメーションなども考えた振り付けなので、カウントに合わせるということが大切で、自分ひとりの自由な表現というよりは、皆と合わせることが大切だったりします。ダンスって、自己表現であるはずなのに、その「個」をあえて打ち消し、全体の中の部分になりきってしまわなければならないこともあります。
そういうダンスばかりをやっていると、それに慣れてしまい、いつしか自分のダンス、自分の表現というものを忘れてしまっている自分に気がつきます。
つなみのスタジオに来ている子どもたちもそういう迷いの中に入り込んでしまっているなと感じる子がいます。子どものうちから舞台になれていくのはすごいなあと感心する反面、もっと出せるのに・・・っていう感じがあり、もったいない感じがします。もっと自由に踊っていいのにな~って思います。

そこのスタジオで、ダウン症児対象のダンスクラスがあります。つなみもボランティアで教えています。
ダウン症のお子さんの多くは、筋緊張の弱さから姿勢がうまくとれなかったりするので、簡単な体操も取り入れています。
通常のレッスンなら、基本ステップなどの習得に時間をかけますが、ダウン症のお子さんのレッスンは、「自由に」踊る時間を途中、何回か入れていきます。
この「自由」な時間が、すごくいい!んです。
下手に、生徒のアシスタントなどを入れると、「自由に踊れ」って言われたら踊れない子が少なくありません。でも、このクラスのお子さんたちは、本当に楽しく自由に体一杯に表現をします
笑顔いっぱい、踊っている姿を見ていると、「ダンス」って何なのかを忘れている自分に気がついたりします。

この「楽しさ」を完全に忘れてしまったら、もう踊れなくなりそうです。
普段の生活はともかく、ダンスだけは、変な自意識や義務感、みたいなものに左右されず、自由でありたいな・・・そういう気持ちです。



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